2021年12月11日

12月のカンムリウミスズメ調査報告2

12月11日(土)、カンムリウミスズメの生息調査を実施したので報告します。

12月に入っての1回目の調査では出なかったので、やっと凪いだこの日に賭け、頑張って探しましたが、カンムリを見つけることはできませんでした。


天気:晴れ

調査時間:10:10から15:00まで

調査結果:カンムリウミスズメ 0



この日は、「原発に反対する上関町民の会」の会合があり迎えの車が出せないとのことだったので、柳井港から定期船で室津まで行くことになった。

JRのダイヤ改定(改正ではない!)で、一列車遅い便が減便(徳山駅止)になったたため、いつもの列車で柳井港駅へ着いた。これまで運行されていた一便後の列車で行くと出港ギリギリに着くため、駅からは小走りで柳井港ターミナルまで行かなければならなかったが、今回は、出港時間まで随分余裕があった。

定期船いわいへの乗船は久しぶりだったし、今回は気持ちに余裕があったので、桟橋でタバコを吸ったり、周辺の景色を見たり、朝からの慌ただしさからやっと解放された気分だった。

定期船いわいは、尾道の造船会社で製造され、2017年に進水した船だということも分かった。航海中、何が出現するか分からないので、カメラをバッグから取り出し、後部のデッキに陣取った。

結局、ウミネコを2羽見ただけであったが、柳井の火力発電所や大島大橋、柳井市阿月で建設が進められているメガソーラー施設の造成工事の現場を海上から撮影できた。このメガソーラーは瀬戸内海沿岸では最大規模の5万キロワットの施設で、2023年4月稼働予定とのこと。いくらクリーンエネルギーとはいえ、これほどの環境改変(破壊)はどうかと思うほどの規模である。陸路で見るより、海上から全体像を見るとよけいにその思いが強くなった。


柳井メガソーラー造成工事211211.jpg


以前紹介した大津沖のタイル張りの灯台も定期船が真横を通過したのでパチリ、白浜の家並もパチリとやっているうちに、船は室津港に到着。Tさんが出迎えに来てくれていた。

白浜港に着くとすぐに調査道具を準備、船に乗り込む。海は穏やかそうなので、雨合羽は着ずに、着てきた服の上に救命胴衣を着こんだだけという出で立ち。といっても着てきた服自体、米軍の寒冷地仕様の中綿入りの上下、中には同じく米軍の厚手のフリースと抜かりはない。特に米軍が好きなわけではないが、軍用品は民生品に比べ、防寒性や耐久性に優れており、調査には必須のアイテムだ。私にとっては、だが。

TさんもMさんもボンベタイプのライフジャケットなので、とてもスマート、それにひきかえ、私は傍目にはどう映っているのか・・・。海の上なので、見ている人もいないし、まあ、いいか。


出発時、船長から、「今日は通常コースで」とあったので、特に海況に問題はなさそうだ。確かに穏やかな海で、波は立っていないし、うねりで多少船が上下するものの、視界は良い。

しかし、走っても走っても、何もいない海。連想ゲームではないが、「♪誰もいない海、二人の愛を確かめたくて〜」の曲が鼻歌で出る。鼻歌なので歌詞は頭の中を流れるのだが、私の青春時代の歌なので、1番の歌詞だけは終いまで出てくる。

この歌は、南沙織のデビュー曲「17歳」だ。1971年のヒット曲。作曲は筒美京平、作詞は有馬三恵子。二人とも先年亡くなっているが、一時代を画したヒットメーカーだ。有馬三恵子さんは、調べてみると何と私と同じ防府市の出身で、大学まで一緒だった。今まで知らなかったが、何と奇遇なこともあるものである。何回も繰り返し、歌詞をなどると「♪早く、つかまえに来て、好きなんだもの〜」というくだりもあって、こじつけかもしれないが、カンムリに呼ばれているような気持になった。歌詞の意味が違うと有馬さんに叱られそうだが・・・。

そうこうしているうちに、島近海でウミネコの群れを見つける。延べで100羽以上はいたようだ。ここで何もいない海は終了。

今度は、「♪かもめの水兵さん、ならんだ水兵さん、白い帽子、白いシャツ、白い服、波にチャップ チャップうかんでる」と鼻歌も変更に。それからもセグロカモメが1、2羽いたが、見られるのはウミネコばかりで、カンムリを歌のように「つかまえる」ことができない。

11月に多数見られた海域も回るが、1羽も見られない。

祝島に入港時もやはりウミネコに出迎えられた。ウミネコに交じって繁殖羽に変わりつつあるカワウがいたので撮影する。ウというと黒い鳥というイメージしかない方も多いと思うが、添付した写真のように繁殖期になるととても綺麗な羽衣になり、顔には婚姻色が出て、得も言われぬ美しさとなる。


繫殖羽へ換羽中のカワウ211211.jpg


昼食時、今回もニコニコ亭の弁当が話題となる。この日は何時ものお茶うけの用意がなく、話題提供できなかった。ここ数日、どこにも出かけていないし、柳井港のターミナルにも店はなく仕方ない。

昼食後、急いで防波堤で休む鳥たちの写真を撮り、すぐに乗船、午後からの調査となる。祝島の南岸の岩礁にウがいたので撮影する。後で確認するとヒメウが2羽、写り込んでいた。後のウは、ウミウなのかカワウなのか分からなかった。

島付近でもウミネコの群れが見られた。ナブラが立っている中にウミネコの群れがいたのだが、獲物が獲れているふうではなかった。たまたま写したウミネコの画像の中に海中から顔を出した魚が写っていた。拡大すると顔に丸みがあり、シイラのように見える。


シイラ(マンサク)?(左下海面に顔を出している魚)211211.jpg


このサイズでは、さすがのウミネコも丸飲みとはいかないだろう。そのうち、食後すぐの調査からか、ニコニコ亭の差し入れのかっぱ巻きが堪えたのか、あくびが出始める。朝、家を出てから6時間以上経過しており、疲れもあるだろう。気合を入れ直してカンムリを探す。時折見られるのは、やはりウミネコ。

前回は、ボラだったそうだが、今回はウミネコデーのようだ。横島で船長のお客さんを回収して帰港。釣り人の釣果は40cm級のクロと、我々の調査結果とは大違い。調査道具を仕舞った後だったので、写真は撮れなかったが、船長が褒めるだけのことはあるクロだった。



(この調査は、セブン‐イレブン記念財団 活動助成金、地球環境基金、

 パタゴニア日本支社 環境助成金、LUSHチャリティバンク 助成金

 を受けて行いました。 敬称略:五十音順)

※生息地保全のために詳細な調査区域を非公表としています。




報告文の中に何回ウミネコと書いたでしょうか。今回、これまでの調査の中で一番多くのウミネコを見ました。後、今月、もう一回は調査もあるでしょう。調査メンバーの平均年齢が70歳になるのも、時間の問題です。大荷物を下げて、駅の階段を上り下りするのが、だんだんしんどくなっています。Tさんのように毎日、10キロを走り込むような体力もありませんし、酒にタバコ、健康を害する習慣もやめられません。今朝の朝日新聞の朝刊の「天声人語」に、「〈知之者不如好之者、好之者不如楽之者〉。これを知る者はこれを好む者にしかず、これを好む者はこれを楽しむ者にしかず。論語にある言葉だ。何か一つ好きなものを楽しみ、究める。真に打ち込めるもの持てば人生はどこまでも輝く」とありました。私の鳥の探求が、これに当たるかどうか分かりませんが、輝ける人生が送れることを望みます。


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2021年12月06日

12月のカンムリウミスズメ調査報告1

12月6日(月)

カンムリウミスズメの生息調査を実施したので報告します。

11/17の再来を期待していましたが残念ながらカンムリウミスズメには出会えませんでした。


調査時間938分から1444分まで

調査結果

カンムリウミスズメ確認できず。セグロカモメ 2羽 ウミウ 2羽 ウミネコ 20羽程度

ボラの群れ 数十万匹? ヤズの群れ


11月後半から荒天続きで漁師さんが海に出られない日が多かった。天気予報では久しぶりの穏やかな日らしいので、船長と「ピンポイントで今日がチャンスだね!」と一致。今日は鳥博士が不在だが、Tさんに来て頂いているので心強い。あらかじめ写真の提供もお願いしたので鬼に金棒だ!

11月の大漁(カンムリウミスズメ13羽確認)?の再来を期待し張り切って船を出した。前回と違い、海上はすっかり冬模様で船長も防寒対策万全だ。

するとTさんが防波堤の電柱の先を指さして「セグロカモメがいますよ!もう戻ってきているのかな?」と言われた。私だったら見落としていただろうなと感謝!感謝!である。

前回調査のこともあり船長はコース取りに思案していたが「いつものコース取りで行こう!」と決定。

3kmほどのところで船長が「あの波立っているのはなんじゃ?」と指さす。

双眼鏡で見ると海面が銀白色にしぶきを放っている。そしてパーン、パーンと空中高くジャンプする。船を寄せるとバシャバシャと波しぶきをあげて泳ぐ群れがずっと船の周囲を埋め尽くした。前方数キロメートル四方に続いている。ボラに追われる魚を狙ってか上空をウが飛び交う。


ボラとウ類211206takeisi.jpg


「この時期にこんな大きな群れは初めてじゃ!!何万匹いや何十万匹おるよ!!」と船長。

広島育ちの私にとってボラは「臭い食べられない魚」というイメージだった。多分世間一般ではそうだろう。

しかし、上関に来てその常識が覆った。こちらでは寒ボラを食べるのは、冬の風物詩なのである。刺身にすると淡白で甘く、フライにすると身が柔らかいのでフワフワッの食感を楽しめる。上関お魚おまかせパック1では寒ボラの切り身を入れ、お客様から好評を得ている。しかし市場では売れないため、漁師さんはボラは獲らない。

「昔は食べよったが、最近は獲らんから、ボラばっかりが増える。もったいない。味噌漬けとか加工して売れればええんじゃが。」と船長。

そういえば数十年前に蒲井に住んでいた方がボラ漁の話をされたことがある。

この集落は半農半漁だったが、ボラの大群が入ってくると、岬の先の高台でホラ貝の笛を吹き鳴らした。そうすると、老若男女みんな畑仕事を放り出し、浜辺に駆け付けた。そして入江の両端から伝馬船を漕ぎ出し、ボラを追い込む。岬の高台の見張りが源平合戦さながら赤と白の手旗で伝馬船を誘導したそうだ。獲れたボラはみんなで分け合ったという。

きっと、今日のような日にはホラ貝が響き渡り、浜辺は大勢の人で賑わったのだろう。

船長の言うように、海の資源を有効活用する消費文化の復活を願わずにはいられない。


ボラ騒ぎが静まり沖合に南下する。この頃から西風が強まり、双眼鏡はおろかしぶきを浴びるようになる。

船長も何とか沖合に出ようとするが、断念してUターンする。

ウミネコ20羽余りが海面を滑降しているので、魚が沸いているかも?と期待を持つ。

しかし、波は強まるばかり。お昼前には凪いでくるといったのにと天気予報が恨めしい。


船長とも相談し、風よけの早飯タイムに白井田港に入港する。

カンムリ調査を始めて13年になるが、ここでの休憩は始めてである。

Tさんは二度目だそうだが、人間魚雷回天ゆかりの地であることはご存じなかったので、ご案内することにした。

ここには映画「出口のない海」のモデルとなった和田稔少尉を記念して建てられた慰霊碑がある。

7月25日、一人乗りの海中特攻兵器「回天」乗組みの訓練のため山口県光基地を発進。周防灘を(潜水)航行訓練中、行方不明となった。ところが1945年9月の枕崎台風で白井田の高瀬の岩礁に漂着した。

ハッチを開いたところ、真空状態であったためか遺体は眠るように安らかで全く損傷がなかったという。これは当時、町の職員で直接現場に立ち会われた方から直接伺った話である。

和田少尉のご親族や白井田地区の有志を中心に2011年に記念碑が建立された。


回天記念碑211206.jpg


少し長いが碑文を紹介する。


「回天特別攻撃隊隊員 和田稔記念碑 記念碑の製作意図

全体の形としては、二人の人物が離別を惜しんで手を取り合う""を表現し、側部には海の表情を取り込み、台座にも波を刻み、上部は想いが空に向かっていく感じにしました。 安らかなる眠りのために丸い出口を作り、そこから周防灘の海が見えるようにしました。

この記念碑で、1945年 この地に流れ着いた回天の搭乗員である和田稔さんの事実と共に戦争の歴史を知らせ、平和な時代が続くことを祈る地にして欲しいと願っています。

2011年828日」


不思議なことに、春分の日と秋分の日には手と手の空間に夕陽が沈むのだという。製作者の意図を超える因縁を感じるのは私だけだろうか。

記念碑への回り道をしたおかげで近くの岩礁にウミウ2羽を確認することが出来た。


ウミウ211206takeisi.jpg


船に戻ると見慣れない私たちに地元の漁師さんらしいおじさんが「何を探しよるんかね?」と寄って来られた。

船長「鳥を探しよるんよ。」

「世界で5000羽しかいない鳥なんですよ。」と私。すると、どうだろう!

「何とかツバメとかいう鳥かね?」と答えが返ってきたではないか!

スズメツバメ」の違いはあるものの上関町にいる貴重な鳥としてカンムリは認識されているのだ!」と嬉しくなってしまった。

「まあ、よう頑張りんさい!」


おじさんの激励を後に白井田港を出発。

風も少し収まり、11/1713羽の群れを確認した海域に船を進める。双眼鏡でくまなく探すが、それらしい姿が見当たらない。やむなく、船を午前中トライ出来なかった方面に引き返す。ところが、落ちると思っていた風が一向に収まらない。

「これ以上は突っ張れんけん、引き返すよ!」と船長さん。

帰りの船上、今朝と同じ海域でやはりボラの群れに出会う。

「こいつら、朝からずっと跳んどるんかね?!さぞかし疲れるじゃろうに!ボラにはなりとうないのう!」と船長。

「腹打ちで痛いじゃろうにね!」と私。

ボラがなぜ跳ぶのか?ネットなどで調べると、生物学的には解明されていないらしい。

ともかくもボラに明け、ボラに暮れた調査となりました。カンムリウミスズメ情報は次回調査までお預けです。

鳥の情報が少なく、紀行文になってしまい、申し訳ありません。


(文責 高島美登里)



(この調査は、セブン‐イレブン記念財団 活動助成金、地球環境基金、

 パタゴニア日本支社 環境助成金、LUSHチャリティバンク 助成金

 を受けて行いました。 敬称略:五十音順)

※生息地保全のために詳細な調査区域を非公表としています。



1)上関お魚おまかせパック

町内(室津・長島)の漁師が水揚げした海の幸をその日のうちに全国に発送している

https://www.facebook.com/kaminosekiomakase/



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2021年11月17日

11月のカンムリウミスズメ調査報告2


11月17日(水)、カンムリウミスズメの生息調査を実施したので報告します。

このところの調査結果から半ば諦めていたのですが、11月としては快挙と言える二桁のカンムリを見つけることができました。年内に「長いトンネル」を抜けることができてホッとしています。

概況を記します。


天気:晴れ

調査時間:9:30から15:20まで

調査結果:カンムリウミスズメ 13



出港後、しばらくはさざ波程度だったが、沖合へ進むに連れ、うねりが出てきて船が揺れる。前回、荒れる海を経験しているので、さほど気にならない。白波が立つほどではないので、目視に加えて、双眼鏡も使えるMさんとTさんは前日も午後からカンムリの調査をされ、夜にはコウモリの調査で室津半島の山坂を往復10キロも歩かれたそうなので、元気な(?)私が今日は頑張らねばと気合を入れて、鳥を探した。

しかし、ウミネコの着水個体が時折見られるものの、近辺であちこちに浮かぶウミネコを見るまで、ほぼ鳥らしい鳥を見かけなかった。いつもより相当沖合まで出てみたがカンムリの姿はない。

一度、Mさんの見つけたサメの背びれにカンムリ!と、ぬか喜びするという笑えないエピソードがあったが、やはり今日もダメかと、諦めムードが漂う。

祝島入港時、船に驚いて飛び立つアオサギや防波堤の街灯上に止まって羽毛の手入れをしているウミネコ、船着き場にはハクセキレイと次々に鳥が出る。湾内にカワウがやってくるし、上空にはトビも舞っている。

Tさんは、昨日の弁当と内容がガラリと替わっていることに感心されていた。さすがニコニコ亭、というところか。

船長から、先日渡した軍用艦船の写真データについて、早速、山陽小野田市に住む中学生に送ってやったところ、凄く喜んでいたと、お礼を言われた。私も鳥の出ない時の「手慰み」が役立って嬉しい。

お茶うけの用意ができなかったので、グリーンコープの冷凍どら焼きを解凍したものを持参した。4個入りだったので、数が足らず、私は我慢することにしたが、TさんがMさんと半分こにするからと言って、私に回してくれた。

前の日の調査は、海がかなり荒れたらしく、参加した私以外の4人は、今日は穏やかでいいと口々に言っていた。このところ船上での昼食が続いていたので、私は陸でゆっくりできたことの方が有難かった。

各人の充電完了後、午後からの調査に出発。港を出る時、飛び出したアオサギが釣り船の舳先に止まる。船には人も乗っているのに平気な顔(?)をしている(ついつい「擬人化」してしまいました)。珍しく祝島の防波堤にカモメ類が休んでいなかったが、少し沖合へ出ると20羽以上の群れがいた。

船は海域をどんどん進んで行く。カンムリ遭遇率の低さからか、船長はこの海域を余り走りたがらない。おかしいなと思っていると、又聞きのようだが、1週間くらい前、祝島の漁師さんがカンムリを2羽見たとの情報があったらしい。その確認のためにやって来たようなのだ。

赤潮が帯状に広がっている海域をしばらく進んだところで1羽でいるカンムリが見つかり、一同大喜び。この個体は、繁殖羽への換羽が進行中というか、始まったばかりのようである。


1羽でいたカンムリ飛び去る211117.jpg


久しぶりの出会いだったので、しばらく観察・撮影に没頭する。この1羽が飛び去った後、祝島の漁師さんの話では2羽見たということなので、まだ近くに別の個体がいるのでは、という話をしていると、Mさんが沖合に3羽でいるカンムリを見つける。


3羽で行動していたカンムリ211117.jpg


船を寄せようとするが、この3羽、泳いだり潜ったりを続け、まったく船を近づけさせてくれず、最後は飛び去られてしまった。またすぐに、またしてもMさんが反対方向にいるカンムリを見つける。

双眼鏡で確認すると5羽いるではないか。そちらに船を回しかけた時、Tさんが右手に2羽でいるカンムリを見つける。両方を追えないので、5羽の方へ船を進める。この群れは、ほとんど繁殖羽への換羽が進んだ個体ばかりのようで、一列になったり、密集したかと思うと散開したり、飛び去ることもなく、しっかり姿を見せてくれた。


5羽でいたカンムリ211117.jpg


観察を切り上げ、先ほどの2羽を探しに船を進めていると、Tさんが右舷に、その姿を見つける。このペアは、ほぼ繁殖羽に変わっている個体の組み合わせだ。

この2羽が飛び去った後、少し地寄りに船を進めていると、2羽のカンムリが見つかった。船長は、先ほどの2羽の飛んで行った方向から、同一ペアではないかと言っていたが、船上で各ペアの羽衣の換羽状況を確認したところ、2回目に見つけたペアの1羽がほぼ非繁殖羽であることから別のペアと分かる。

これで計13羽確認したことになる。そもそもこの海域では何度か記録はあるものの、これだけ多くの個体を確認したことはない。しかも出現頻度の最も少ない11月にである。一同、気をよくして帰路につく。

亀石灯台のてっぺんに止まっていたミサゴも頭上に飛んで来たトビも気軽に撮影できる。カンムリが出ると出ないでは、こうも気分が違うのだろうか。白浜港の慌てて飛び立つカワウさえ、微笑ましく感じるのだから・・・。




(この調査は、セブン‐イレブン記念財団 活動助成金、地球環境基金、

 パタゴニア日本支社 環境助成金、LUSHチャリティバンク 助成金

 を受けて行いました。 敬称略:五十音順)

※生息地保全のために詳細な調査区域を非公表としています。




いつも報告書は翌日に仕上げるように心がけてきました。それは年齢に伴う記憶力の低下に対応するためです。脳の記憶機能について詳しくは分かりませんが、これまでの経験から、なるべくエピソードとして記憶に残しておく、そして忘れてしまわないうちに文章化することができれば、何とかなるということです。たまたま今回は調査の翌日に萩市見島行きを計画していたもので、それが叶いませんでした。

最悪の事態を考え、帰りの列車の中で、調査時間と調査範囲(コース)だけは手帳にメモしておきました。後は撮影した画像を頼りにエピソード記憶を呼び起こし、何とか報告書を仕上げた次第です。苦労をお察しください。

見島では、あまり鳥が出なかったもので、毎日、自転車踏むこと6時間、標高差約100mの山坂を3度上り下りしました。いくら電動アシスト車と言えども、太ももはパンパン、お尻も痛くて、サドルの上を左に右に、前に後ろにお尻の位置を変えながらの走行です。何がこの苦行を強いてまで鳥見に走らせるのか、自分でも分かりません。

しかし、趣味とは言え、鳥の行動を観察しながら、またいろんなことを考えながら身につけた知識や下手な鉄砲でも数打つことで写真撮影の技量を向上させることが調査にも役立っているのではないかと思います。MさんやTさんとは同学年ですが、体力や知力は劣るものの長年の「修行」で得た経験は不足分を補ってくれているのではないでしょうか。


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