2021年07月16日

田ノ浦座り込み報告 12日目

7月16日(金曜日)


今日はいつもより早く9:00より作業開始である。

ショートムービー撮影中の大学生2人も同行だ。

中電の船3隻の前で祝島の漁船10隻ほどが釣りをし、説得船がいつも通り1隻ずつ廻っている。

これまでと違うのは司令船が何度か祝島船団に近付いていることだ。

まさか強行突破を狙っている?と双眼鏡を凝らすが、どうもそんな雰囲気ではないようで安堵する。

大学生たちが私のインタビューを撮りたいというので「どこで?」と聞くと「美登里さんの一番好きな場所で」と言われ、即座に「ここよ!」という言葉が口を突いて出た。

思えばどんなにこの田ノ浦の命のささやきに勇気付けられてきたことか!

彼らと話しながら東側の浜伝いを歩く。

「この付近一帯は埋立工事施行区域です。危険ですから立ち入らないでください。」という中国電力の看板が訪れる者を威嚇するように立っている。


中電看板210716.JPG


2011年のフクシマ以降、埋立工事は進んでおらず、中電は仮桟橋を除いて海岸の占用許可を取っていない。だから海岸は公共物であり誰が入っても良いはずなのだ。


湾の東端に通称「ダイノコシ」という小島がある。

この小島は当初の計画では削られて平地になる予定であった。


ダイノコシ210716.JPG


ところが、1999年に環境アセスメントの準備書が公開された際に植物の研究者たちが「ここのビャクシン群落は自生地として貴重なものである!」と指摘し、計画に異議を挟んだ

すると、中国電力はダイノコシを削らず、周りに水路を巡らす計画に変更した。果たして小島を残すだけでビャクシンは生き残れるのか?

カンムリ調査で島々を巡るが、ビャクシン群落があるところは限られている。

それだけ独特な環境にしか適応できないことを表している。

いかにも場当たり的なお粗末な保全措置というしかないと思う。


13:00に中電から祝島へ「今日の作業は打ち切り。当面の間、調査は見合わせる。」と通告があったと連絡が入った。

何が理由なのか?一体、どのくらいの期間なのか?きつねに包まれたような気持で坂道を上る。

ともかく、祝島の方たちを中心とする現場での行動やいろんな形での世論の後押しが功を奏したのだと思う。

みんなで勝ち取ったボーリング調査の一時延期である。

「ひとまずはお疲れ様!」とでも言うようにノシランの花が涼しげに咲いていた。


ヤブラン210716.jpg




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2021年07月13日

田ノ浦座り込み報告 9日目

7月13日(火曜日)


今日も10:00から作業開始だ。

中電の船3隻、祝島の船10隻ほどが配置に付いている。

梅雨明け宣言を受けて空には入道雲が沸き上がり日射しはじりじり照り付ける。

今日は上関をテーマにショートムービー撮影に訪れた大学生二人が同行している。

そのうちの一人は田ノ浦初体験である。

まずは中電が設置した発電所敷地説明図を見て貰う。

敷地の中に反対派の所有する土地が炉心から数100m.の位置などパッチ状に広がっていること。

2号機の建屋は埋立境界線にあること。冷却水を循環させる取水口と排水口が反対派の土地を避けるようにうねうねと曲がり送水管の長さが異様に長いことなどー

「図を見ただけで計画の不自然さがわかりますね!」と率直な感想が返ってくる。


中電敷地案内板210713.jpg


里道を降りて田ノ浦が目の前に開けると「すっげ〜!きれい!!」と感嘆の声を挙げる。

それと対照的な中電と祝島漁船団の対峙を複雑なまなざしで見つめている。

原発予定地から3.8km.しか離れておらず真正面にしか集落がつくれない島の自然条件。

周辺の海で漁をして来た漁師さん。田ノ浦に昇る朝陽に手を合わせてきたおばちゃんたち。

生きる糧と祈りの場を奪われる島の人々の想いが直接伝わったようだ。


お昼下がり、西の岩場からシーカヤックが現れた。T君である。

上関の写真展がきっかけで上関が気に入り、毎月のように通って来てお魚の産直も手伝ってくれる。

今日は激励を兼ねて来てくれたようだ。


Tシーカヤック210713.JPG


陸の座り込みメンバーの中には今日も少数派で頑張ってきたOさん、Yさんの姿があった。

大学生たちは39年間の苦労談を40分余り撮影し「いや〜、いやがらせとか人間関係がすさまじいことになったんですね。」とショックを受けたようだ。


私は上関が「奇跡の海」と呼ばれる所以

@瀬戸内海で失われつつある遺伝子がセットで残る、よみがえりの種がつまった希望の場所であること

A世界的に見ても希少生物が多数生息し生物多様性のホットスポットであること

B今を生きる私たちは過去からの預かり物をそっくり未来の子供たちに手渡したいこと


ーなどを話しながら、私たちは「伝える世代」なんだと改めて感じた。

そしてそれを聞いてくれる若者がいることを非常に嬉しく頼もしく思った。

15:00作業打ち切りの連絡が入る。陸と海上と手を振りあい明日も頑張ろうと声を掛け合う姿を大学生たちはカメラに収めていた。

今日のお土産には「ハマナデシコ」の花を添える。


ハマエンドウ210713.jpg




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2021年07月07日

田ノ浦座り込み報告 5日目

7月7日(水曜日)

ボーリング調査監視行動

今日からいよいよ知事が海面占用許可を認可した正式の準備作業の始まりだ。
とは言えボーリング調査地点を確定しないことには作業に入れないので中身はこれまでと全く代わらない。


20210707_144528.jpg


10:00から中電の船3隻と祝島の船9隻が対峙し、説得船が祝島船団の間を廻り歩く。
今日は対岸の鼻繰島と祝島の間の水平線に国東半島が見える。

12:30頃が干潮なので前回の続きで西側潮間帯にカサシャミセン調査に出かける。
途中の潮だまりでヒザラガイの集合住宅に出会う。

昨日より西側のタイドプールで1個体、別のタイドプールで1個の石に4個体付着しているのを確認出来た!


カサシャミセン210707.jpg


しかし昨年5個体が付着しているのが見つかったタイドプールは岩が減ってしまい、確認出来なかった。移動が苦手な彼らは一体何処に行ってしまったのだろう?

手持ち弁当を食べて浜に座っていると田ノ浦の入り江が残っているのが奇跡のような気がする。

2011/2月、田ノ浦は10数隻の大型台船に囲まれ、ガリバーに取り付く小人のように祝島の漁船が行く手を阻んでいた
祝島のおばちゃんたちと私たち併せて130人は600人のガードマンに囲まれて座り込みをしていた。
彼らは私たち反対派を近寄らせないために浜の両側に立ち入り禁止のフェンスを張り巡らせようとしていた。
陸側から海に向けて1本、また1本と打ち込んで行く。
杭を打たせまいと駆け寄るが、屈強なガードマンがスクラムを組み割り込めない。
何とか彼らの弱味である足元をかいくぐり杭の廻りに集まる。

波打ち際の最後の1本を打とうととび職のお兄さんがハンマーを振り上げた。
最後の1本を打たせてはならない!
私は思わず杭の上に手をかざし叫んだ。
「あんたもプロのとびならプロの漁師さんの気持ちがわかるやろ‼️
堪えていた悔しさに思わず涙がこぼれ落ちた。
するとどうだろう。
「俺だって嫌なんだよう‼️」
とびの兄ちゃんがポロポロ大粒の涙をこぼしながら手を下ろしたのである。

聞けば現場に着くまで仕事の内容は知らされず5日間の契約だが仕事が終わり次第帰って良いと雇われたそうだ。
そんな彼らに座り込んでいる祝島のおばちゃんたちは語りかけていた。
「私はこの海で3人の娘を大学まで行かせたんよ。
娘たちが『お母さん、私たちを育ててくれた海を守ってね』と言うんよ」
彼らはおばちゃんたちに自分の母親の面影を見たのではないか?

中電の社員はそうしたやり取りを石垣のうえから冷徹に見下ろしている。
札束ひとつで人の心をあやつり争わせる-そんな企業体質に心から憤りを覚えた。
そして1か月後、フクシマが起きたのだ。

思い出から覚めると陽は廻り、もう14:30だ。
今日はカサシャミセンにかまけてあまり良い写真がないのでせめてオニユリの鮮やかな姿をお土産にしょう。


20210707_144417.jpg



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