2021年12月06日

12月のカンムリウミスズメ調査報告1

12月6日(月)

カンムリウミスズメの生息調査を実施したので報告します。

11/17の再来を期待していましたが残念ながらカンムリウミスズメには出会えませんでした。


調査時間938分から1444分まで

調査結果

カンムリウミスズメ確認できず。セグロカモメ 2羽 ウミウ 2羽 ウミネコ 20羽程度

ボラの群れ 数十万匹? ヤズの群れ


11月後半から荒天続きで漁師さんが海に出られない日が多かった。天気予報では久しぶりの穏やかな日らしいので、船長と「ピンポイントで今日がチャンスだね!」と一致。今日は鳥博士が不在だが、Tさんに来て頂いているので心強い。あらかじめ写真の提供もお願いしたので鬼に金棒だ!

11月の大漁(カンムリウミスズメ13羽確認)?の再来を期待し張り切って船を出した。前回と違い、海上はすっかり冬模様で船長も防寒対策万全だ。

するとTさんが防波堤の電柱の先を指さして「セグロカモメがいますよ!もう戻ってきているのかな?」と言われた。私だったら見落としていただろうなと感謝!感謝!である。

前回調査のこともあり船長はコース取りに思案していたが「いつものコース取りで行こう!」と決定。

3kmほどのところで船長が「あの波立っているのはなんじゃ?」と指さす。

双眼鏡で見ると海面が銀白色にしぶきを放っている。そしてパーン、パーンと空中高くジャンプする。船を寄せるとバシャバシャと波しぶきをあげて泳ぐ群れがずっと船の周囲を埋め尽くした。前方数キロメートル四方に続いている。ボラに追われる魚を狙ってか上空をウが飛び交う。


ボラとウ類211206takeisi.jpg


「この時期にこんな大きな群れは初めてじゃ!!何万匹いや何十万匹おるよ!!」と船長。

広島育ちの私にとってボラは「臭い食べられない魚」というイメージだった。多分世間一般ではそうだろう。

しかし、上関に来てその常識が覆った。こちらでは寒ボラを食べるのは、冬の風物詩なのである。刺身にすると淡白で甘く、フライにすると身が柔らかいのでフワフワッの食感を楽しめる。上関お魚おまかせパック1では寒ボラの切り身を入れ、お客様から好評を得ている。しかし市場では売れないため、漁師さんはボラは獲らない。

「昔は食べよったが、最近は獲らんから、ボラばっかりが増える。もったいない。味噌漬けとか加工して売れればええんじゃが。」と船長。

そういえば数十年前に蒲井に住んでいた方がボラ漁の話をされたことがある。

この集落は半農半漁だったが、ボラの大群が入ってくると、岬の先の高台でホラ貝の笛を吹き鳴らした。そうすると、老若男女みんな畑仕事を放り出し、浜辺に駆け付けた。そして入江の両端から伝馬船を漕ぎ出し、ボラを追い込む。岬の高台の見張りが源平合戦さながら赤と白の手旗で伝馬船を誘導したそうだ。獲れたボラはみんなで分け合ったという。

きっと、今日のような日にはホラ貝が響き渡り、浜辺は大勢の人で賑わったのだろう。

船長の言うように、海の資源を有効活用する消費文化の復活を願わずにはいられない。


ボラ騒ぎが静まり沖合に南下する。この頃から西風が強まり、双眼鏡はおろかしぶきを浴びるようになる。

船長も何とか沖合に出ようとするが、断念してUターンする。

ウミネコ20羽余りが海面を滑降しているので、魚が沸いているかも?と期待を持つ。

しかし、波は強まるばかり。お昼前には凪いでくるといったのにと天気予報が恨めしい。


船長とも相談し、風よけの早飯タイムに白井田港に入港する。

カンムリ調査を始めて13年になるが、ここでの休憩は始めてである。

Tさんは二度目だそうだが、人間魚雷回天ゆかりの地であることはご存じなかったので、ご案内することにした。

ここには映画「出口のない海」のモデルとなった和田稔少尉を記念して建てられた慰霊碑がある。

7月25日、一人乗りの海中特攻兵器「回天」乗組みの訓練のため山口県光基地を発進。周防灘を(潜水)航行訓練中、行方不明となった。ところが1945年9月の枕崎台風で白井田の高瀬の岩礁に漂着した。

ハッチを開いたところ、真空状態であったためか遺体は眠るように安らかで全く損傷がなかったという。これは当時、町の職員で直接現場に立ち会われた方から直接伺った話である。

和田少尉のご親族や白井田地区の有志を中心に2011年に記念碑が建立された。


回天記念碑211206.jpg


少し長いが碑文を紹介する。


「回天特別攻撃隊隊員 和田稔記念碑 記念碑の製作意図

全体の形としては、二人の人物が離別を惜しんで手を取り合う""を表現し、側部には海の表情を取り込み、台座にも波を刻み、上部は想いが空に向かっていく感じにしました。 安らかなる眠りのために丸い出口を作り、そこから周防灘の海が見えるようにしました。

この記念碑で、1945年 この地に流れ着いた回天の搭乗員である和田稔さんの事実と共に戦争の歴史を知らせ、平和な時代が続くことを祈る地にして欲しいと願っています。

2011年828日」


不思議なことに、春分の日と秋分の日には手と手の空間に夕陽が沈むのだという。製作者の意図を超える因縁を感じるのは私だけだろうか。

記念碑への回り道をしたおかげで近くの岩礁にウミウ2羽を確認することが出来た。


ウミウ211206takeisi.jpg


船に戻ると見慣れない私たちに地元の漁師さんらしいおじさんが「何を探しよるんかね?」と寄って来られた。

船長「鳥を探しよるんよ。」

「世界で5000羽しかいない鳥なんですよ。」と私。すると、どうだろう!

「何とかツバメとかいう鳥かね?」と答えが返ってきたではないか!

スズメツバメ」の違いはあるものの上関町にいる貴重な鳥としてカンムリは認識されているのだ!」と嬉しくなってしまった。

「まあ、よう頑張りんさい!」


おじさんの激励を後に白井田港を出発。

風も少し収まり、11/1713羽の群れを確認した海域に船を進める。双眼鏡でくまなく探すが、それらしい姿が見当たらない。やむなく、船を午前中トライ出来なかった方面に引き返す。ところが、落ちると思っていた風が一向に収まらない。

「これ以上は突っ張れんけん、引き返すよ!」と船長さん。

帰りの船上、今朝と同じ海域でやはりボラの群れに出会う。

「こいつら、朝からずっと跳んどるんかね?!さぞかし疲れるじゃろうに!ボラにはなりとうないのう!」と船長。

「腹打ちで痛いじゃろうにね!」と私。

ボラがなぜ跳ぶのか?ネットなどで調べると、生物学的には解明されていないらしい。

ともかくもボラに明け、ボラに暮れた調査となりました。カンムリウミスズメ情報は次回調査までお預けです。

鳥の情報が少なく、紀行文になってしまい、申し訳ありません。


(文責 高島美登里)



(この調査は、セブン‐イレブン記念財団 活動助成金、地球環境基金、

 パタゴニア日本支社 環境助成金、LUSHチャリティバンク 助成金

 を受けて行いました。 敬称略:五十音順)

※生息地保全のために詳細な調査区域を非公表としています。



1)上関お魚おまかせパック

町内(室津・長島)の漁師が水揚げした海の幸をその日のうちに全国に発送している

https://www.facebook.com/kaminosekiomakase/



posted by Sunameri at 00:00| Comment(0) | 調査報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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